埼京線池袋~大宮間開業・川越線直通運転開始30周年

埼京線池袋・大宮間・川越線直通30周年記念
 
 大宮の高崎線沿線の家が立ち退きということで、川越線沿線に住んで以来、
埼京線・川越線は地元の鉄道となり、愛着が深くなっている今日この頃でありますが、
通勤途中で目立つのがこの看板であります。

 埼京線池袋~大宮間開業・川越線直通運転開始30周年経ったのかあ・・・・。
でありますね。
山手線ではなく埼京線として再現のK社製103系

 この看板が表す通り、開業当時は山手線のお古の103系でありました。
騒音対策で開業した、東北・上越新幹線に沿って通勤新線を造るという、
現在の埼京線ルートにある市町村の要望でありました。

 やはり103系であります。快速は100km/hで走行すると、
ドライヤーか掃除機かと言われんばかりの103系モータ音から、
 205系となったのであります。
103系から205系へ埼京線・川越線

その205系も騒音と省エネには勝てず、E233系7000番台へと移って行きました。
205系からE233系7000番台へ

 ただ、りんかい線との相互直通によって、
70-000系が川越線まで乗り入れて来ることが出来て、
車両種類的に単調になることを避けてくれたのが、
救いかも知れません。
埼京線・川越線歴代車両と相互直通の70-000系

 よって、模型でしか表現できませんが、
私なりの「開業30周年記念」ということで・・・・。
早いものですなあ。30年は・・・・・。

COMMENT 4

南栗橋車両管理区荒川支所  2015, 09. 13 [Sun] 04:36

お晩でございます

懐かしいお話ですね
103系も山手からの転入車で
両端から2両か3両は冷房車で
中間の4両か6両が非冷房車だったそんな時代…

103系3000という『元72系アコモ改』の珍車が仙台から改造転入
エメラルドグリーンの103系が代走

まだあの当時は快速は大宮迄
3両編成が『川越線』だったんですよね

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亀次郎2  2015, 09. 13 [Sun] 10:24

Re:

南栗橋車両管理区荒川支所さん、おはようございます。
コメント頂きありがとうございます。
そうですね。中間3、4両は殆どが非冷房の初期車が連結していました。
冷房車は扇風機で撹拌するため、空いている時なんかはキンキンに冷えていました。
今の夏の暑さに欲しいと感じてしまいますね。
 新宿開業で103系が山手線205系を追い抜いていくのが
当たり前なのに優越感に浸る。今も埼玉から乗って来ているので、
そんな気分はかわりませんね。
 大宮・高麗川間の通し運用は、川越以西が減便されてしまったこの機会に
復活して欲しいと個人的な思いがあります。無理だろうけど・・・。

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第3軌条  2015, 09. 13 [Sun] 22:39

こんばんは。

埼京線、30年なんですね。
私は山手線で通学してましたが、確かに真ん中は扇風機で扉も緑色の鋼鉄製でしたね。
夏はそこに乗ると多少空いていていました。今と違い、扇風機でも我慢して乗っていられましたね。
学校は池袋にあったのですが、何故かあまり開業時のことは覚えていません。
池袋始発で最初から川越まで行っていたような気がしましたが、川越線と言えばキハ35のイメージが強いです。
103系は好きでしたね。実物を運転してみたいなぁと思っていましたが・・・

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亀次郎2  2015, 09. 15 [Tue] 00:08

Re: タイトルなし

第3軌条さん、こんばんは。コメント頂きありがとうございます。
とにかくその時代の電車は窓が半開または全開しましたね。
今では考えられないことになってしまいましたが、懐かしい響きであります。
1時間に2本が快速池袋行で1本が大宮行き(川越線ローカル)の日中のダイヤでしたか。
昔のポケット時刻表で確認してみます。
歯車比6.06に定格速度の遅い110kwのモータを
6M4Tで無理矢理100km/h出していましたので、
運転し甲斐があるかもしれませんね。
当時の103系展望ビデオの運転士さんは、
「点~ん、出発進行!」とか「武蔵浦和停車~あ。各ゲージヨシ!ブレーキ!滅!」って言っていますね。

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